肝心帳 kudo studio
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感謝と感情
感謝と感情

いつでもどこでも自分は自分しか居ない、

自分は孤独と感じていようがいまいが、

気がつかなくても多くの人が陰で支えてくれている。



シャツ一枚でも、畑で綿を作る人、それを糸にする人、

運ぶ人、デザインする人、カットする人、包装する人、

搬送する人、買い入れる人、売る人・・・もっと沢山あるはず。

シャツ一枚を着るのでもこれだけの多くの人が陰で働き支えてくれている。


そういう人が居なければ炎天下でも雪の中でも裸で暮らすしかない。



自分ひとりで生きてきたと言う人が居るけど、

それはお陰様に対しての気付きや感謝が無い人。



いつだってどこでだって人に支えられている。

仕事も人生もすべてが人とのかかわりで成り立っている。



幸せに成るということは人間関係をちゃんと

作り上げられる人という事だろう



自分も含めて人を許すということ、

そして理解してあげるという事・・・


簡単ではなくても優しさの努力は必ず報われる


自分の一生は自分が書いた筋書きにそって

現実化して行くもの



いつでもどこでも自分に大切な言葉を言い聞かせながら、

毎日の仕事でも家庭でも、友達といるときでも

片時もその言葉を忘れないようにすることだ。



感情は魔物みたいなものだ!

いつだって心のスキをねらって入り込んでくる


人の弱みにつけ込んでに日常をひっかき回そうとする



だからいつだって自分の感情の動きに注意して、

常に微笑んで話し、微笑みで言葉をかえす・・・

微笑んでいる人に怒る人なんかいない。



一瞬の感情の動きは善いにしろ悪いにしろ、

人生を変えてしまうだけの凄い力を持っている。



うまく生きるよりも、不器用でもいい、少しずつでもいいから

善い生き方をするように、人は常に努力しなければいけない。



善い生き方をした人生を幸せな人生と呼ぶ


Kudo Studio Japan:Webサイト
http://www.kudomuramasa.com/index.html
| Muramasa Kudo | 23:24 | comments(1) | - | pookmark |
感謝と笑いは命を救う
 ベトナム戦争での話しですが、大勢の兵隊が負傷している中で、一人は死にそうでもう一人は重傷だが助かるといわれている兵隊がいました。

 結果は死にそうな兵隊が生き残り、助かるべき兵隊が死にました。その時の病院の医者がこういう事を言っていました・・・

 死にそうな兵隊は「私はもう助からないのでどうか他の兵隊を出来るだけ助けてやって下さい、大変なのに本当に看護し治療してくれて有り難う御座います」と苦しい中にも笑顔で感謝の念を伝えた・・・

 助かりそうな兵隊は「痛い痛いっ!こんなに苦しんでいるのにお前たちはなにやっているんだっ!お前達のために戦ったせいでこんなになったんだぞ!」と不平不満で怒りを人にぶつけていた。

 その医者が説明するには「人が笑っている時や、感謝している時には人間の体が弱アルカリ性に変化して免疫力や抵抗力、体内治癒力を驚くほどに高めていくので病人や怪我人もその人の性格での影響で大いに変るのです」・・・そして「逆にいつも陰湿で不平不満を言って怒っている人の体は強酸性に変化して抵抗力や免疫性も低下していき、最終的に治る病気や怪我も治らずに死んだ人を多く見てきた」と医者は話していた。

 ある実験で、激怒している人が吐いている息を採取して攪拌分離してできた結晶を溶かして実験用のマウスに注射したところ、即効で死んでしまったそうです。

 感謝や笑顔、そして笑いは人の命を救い、周りを幸せな気持ちにさせる・・・ 怒りは自分の中の最大の敵です。



JUGEMテーマ:日記・一般


| Muramasa Kudo | 16:07 | comments(0) | - | pookmark |
あきらめないと感謝で力が湧いてくる
 私は長いあいだ画家として生きてきた訳ですが、私も多くの人と同じく、惑わされ、落ち込み、そして、しまいには自分の生き方自体へも疑問を抱く事がたびたびでした。
 そういう時、自分に聞くのです。お前はアートが好きでやっているのだろ? って。認めてもらいたいとか、評価してもらいたい、そして周りに理解してもらいたい・・・誰でも同じ様にそういう思いが少なからずあるのです。
 でも自分がアーティストである事の幸せは、何にも代え難いものであることを、そのたびに認識するのです。
 こうして大変だと言いながらも、いまだに絵を描かせてもらえてるという・・・この奇跡にも近い日々は、感謝なしでは一秒たりとも存在などあり得ません。
 友人知人、収集家・・・そして身近な人たちに励まされ、いつでも絵が描ける環境・・・どんなに苦しくとも大変でも、私は人生は素晴らしくありとあらゆる命と関わることが出来る・・なんて楽しいことだろう・・・人生、お迎え来るまで、やめられない!!

 自分という人間は自分以外の何者でもなく、同じ様にほかの人達も私にはなれない・・・当たり前ですが、この個という存在の集合体が森羅万象、宇宙の真理であり、一つとして同じものは存在しないのです。
 砂浜のひと粒の砂、木の葉、めだか、どんぐり・・そして人間・・・同じ様でも皆それぞれが個なのです。違うという事に不安を抱くように社会は教育し、教育している人達も同じように不安を抱えている。
 自分達がなん世代にもわたって受けてきた当たり前の教育、常識・・・すべて時代と共に変化進化します。シッカリと生きる、生かされている事への感謝の表現が生きるという事でもあると思います。

 個である自分を認めることは、本来の自己『真我』にたち返った時に、初めて違うものたちと自他不二(皆一緒)の理解力や受容力となるのです。
 真我・・・生まれたときにハツラツと輝く命。こだわらず、かたよらず、かたまらず、とどまらず、ながされず、おこらず、あきらめず・・・ふわっと輝いて生きる・・そんな自分になりたいと願う。

 私も常にそういう生き方を目指して、生かされているこの命と魂の尊厳に感謝して頑張っています。違うという事が大事なのです。違いをそのままに観る、そしてそのままに受け入れる・・・世界はそれぞれ個々の違いで成り立っています。
 柳はみどり、花はくれない(紅)・・です。
 そのままがいいのです・・・そのままが一番美しく輝く。
 そうなれるように・・・なんでも受容できるような 大きな器(うつわ)になれるよう・・精進したいと思います。
| Muramasa Kudo | 09:37 | comments(0) | - | pookmark |
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