肝心帳 kudo studio
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悲しい、辛い、大変… どうしよう

どうしよう…


どんな時でも大変だといえば全て大変で、簡単な事など

なにも無いけど、学校での勉強と同じで行きたくなくても

絶対にいかなければならない、そして後々に勉強しておいて

本当に良かった〜と思うときが必ず来る。


私の人生はいつも大変でした、いつも大変だったから大変という

事に関して免疫が出来ているのかもしれないが、ストレスという

医学的な言葉での症状は自分には起きていないようです。


起きているのかもしれないが、普段するべき事をしなければ

ならない事がストレスに成るというのであれば、歯を磨く事、

それ自体さえもストレスの原因となってもおかしくはない筈だ。


私は目の前のするべき事をし、そして人事を尽くして天にゆだねる。

・・・それだけです。



ストレスは思うように行かない時に感情の期待、不安、怖れ、

などが入り乱れ情緒の不安定から生れたものです。



考えた想いどうりに成るというのは、私の生きる原理の中では

まさに想念の波動と磁場発生において現実化されるのです。


それは善い悪いに関係なく、確実に大きな影響力をもつ。



毎日いつも何をどういう風に考え、想っているのかが重要で、

思いえがくこともなく、目標、目的地を設定していない船出は、

海上を漂う難破船、という結果になりがちなのは言うまでもない。



一度設定した物事でも思惑とは関係なく、第一優先事項を

変更しなければならない事態も多々起きるが、常に柔軟な姿勢で

注意して対処して行く・・・



二転三転してもその時、その事が真に重要であるかどうかは、

将来的に、また信念に沿うかどうかで決断しなければいけない。



少なくとも出来る出来ないの判断を下す前に、ただ不安を

先行させる考えは決して将来においても善い事ではないのです。


それでも人の人生には不安、怖れ、孤立、失うことへの悲哀と

辛苦が付きまとう・・・例外なく私にもあります。



こうして多くの悩みをふくめて毎日考えながらも、大小に関わらず

一つの問題にはまり込んでしまった時、前後裁断、即決即断をする

決心や決断が出来なくなってしまう・・・



今これを読んでいる人は、今迄も一度として死んだ事もないし、

飢えで餓死寸前になった事も少ないと思います。

私が小さい時でさえも生きる為にそれなりに工夫していました。


毎日の出来事や悩みなどの心労をストレスとするのか、

自分自身の次元と品格を上げて行く試金石とするのかは

自分の信念でどちらにするか選択肢があるわけです。

私は当然後者を選ぶ、それしかないと信じているから。


何はともあれ死んでいない自分は毎日確認できている。

何を恐れる事があるだろう・・・、私は絶対に大丈夫という

なんの根拠もない自信が私を支えているのです。


それは死ぬまでは、どんな事があっても生かされるという

当たり前の自然法則、摂理、原理を受け入れているからです。



人はいつも悩んで生きて、その中に自分を見出すことで

多くを乗り越えなければいけない。


私は私の細胞のすべてが、経験という学習・・・喜怒哀楽

悲哀と辛苦、歓喜と絶望を通してその事を知っている・・・


経験は最高の教師です・・・・ただし、その代価も大きい


ムラマサクドウ
©MURAMASA KUDO

Kudo Studio Japan:Webサイト
http://www.kudomuramasa.com/index.html

| Muramasa Kudo | 15:35 | comments(0) | - | pookmark |
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