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完全性をめざす不完全性の巧妙

菩薩 工藤村正
©MURAMASA KUDO



言葉の文化と文字の文化の過程こそがその国の体質を表します。



漢字は中国から渡来したもの…しかし日本はその漢字を芸術や教養、


そして感性の域まで昇華させ、ひらがなカタカナを交えて


外国語10頁分を1頁に無理なく集約する事を可能にした。


そしてなおかつ詩的、情緒的にも文の構成を完全に近いものにした。




文字自体を芸術として確立させた書道…道という求道の精神は


世界でもたぐいまれな四季の美しさと共に、日本固有とも云える


情緒的感性というものをはぐくむ文化となった。



読んで字のごとし…などという意味でも、日本の漢字は今現在の


中国語とは とうの昔に別離し、日本独自の見解と展開をもつ


文化としての 日本語として確立されている。




日本語は三種の文字で構成されており、


文章にすることが難しいとされる感覚的、情緒的、感性などを、


表現なし得るという、世界でもまれな言語になったのです。 




美しく、麗しく、謙虚に、優しく、そして艶やかに… 


などの多くの言葉は、人々の魂や精神を啓蒙し高揚させる… 


求めるそのものへの想いは、多くの人が共通して欲し願うもの… 


にもかかわらず…という現象もまた多くの人が苦悩する事で


共通している… 




不完全がゆに、自分の勉強が進むごとに喜びと意義を見いだす…


そして不完全がゆえ…言い訳という素敵で皮肉な


自己保身術も身につける…と私は思い感じるのです。




だから楽しくもあり、辛くも哀しくもなり、情緒も感性も


永遠と思われる時をへて、他には例がない進展をしたのだろう。




現代の日本での言葉風俗を日本語と思っているかも知れないが、


先ほど書いた意味では大きく軌道から外れてしまった… 


私は哀しく思い、寂しく感じる。




しかし昔からどの時代にも、世代の変換には付きまとう先代と


なっていく人達の葛藤なのです。




そして現代の若者達もそれぞれの年月を同期の人達と共有しながら


生きてゆき、そして将来において今の私のように昔を懐かしみ、


感慨に想いふける時が来るのでしょうね…




自己の覚醒と確立が近づくにつれ… その時節になって


振り返りみて、その多くが間違いだったということにも気づく…




そしてさらに、1から出直したいという、自己の羞恥心と向学心の


想いに駆られ葛藤する…




不完全なものへの否定と肯定… 



矛盾…それこそが大自然の大いなる優しさと厳しさであり、


自分の不完全さを思い知らされる最たるものではないだろうか…




光は影を作り、影は光の存在を証明する… 


表裏一体という矛盾こそが自然の真理であり、終わることのない、


人間形成に必要不可欠な自然の法則であり摂理なのだと思う。




この頃はとくに身にしみて感じている・・・・

muramasakudo
©MURAMASA KUDO


Kudo Studio Japan:Webサイト
http://www.kudomuramasa.com/index.html

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