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自他利という、お互いの力こそ

 自他利という言葉がある、お互いが良くなる為の行動や言動を基本として生きるという事です。

 自分は犠牲になっても人の為だからという(自己顕示です)小さな親切、大きな迷惑・・。

 自分が泳げないのに、どうして溺れている人を助ける事ができるだろう・・・?

 自分が助けてあげなければ・・・自分の事をちゃんと出来てもいないのに、人の為?人べんに為と書いて偽りという字になるのです。

 自分がしてあげないと・・・それは驕りと自己不安です。人目に良い人でいよう・・・なんて努力はよしなさい。自己の確立が成された時、すでに人助けは何時もして来たことがわかります。

 私はいいから、あなただけは・・・なんて子供に言うなら解るが・・自己確認が出来るとしに成ったら、お互いが良くならなければ、助けられるだけの相手にとっては、一生あなたに借りをつくり、常にあなたを意識して、会うたびに礼を尽くさねばならず、その人はしまいに疲れてしまうでしょう。

 これは自我のヒロイズム以外のなにものでもない。どんな事があっても善欲、大欲の見地から、エエ格好の我を捨て、一所懸命の自分をシッカリ通す事が相手に力を与えてあげる事です。

 人に良い人だと思われる為の努力などはしない方が善い。良い人だからと言ってくれるから、かといって、相手のチャレンジできる可能性の芽を摘んではいけない。

 問題とか困った時にこそ天はその人の本来の力を試すのです。それが天の導きであり、人生の道を歩けるようになるのです。天はその人に解決できない問題など絶対に与えない。

 挑戦しようとする者を安易に助ける事はその人の将来まで見る積りで助けていかなければただの偽善です。

 和不同・・・和して同ぜず

 神が与えた個々の命と魂の尊厳を侵さず、違うという事を受容し、命に関わること以外はその人の力を信じてあげる事です。個々の違いを受け入れて尚、調和がとれていく・・・それがとても大事なことです。

 困っていると人に言われても、自分を差し置いて助けることは、自分の命と魂の尊厳に対しての冒涜です。自己確立が最優先です。そのジレンマと闘う勇気が必要なのです。

 自分以外に自分の存在はないのだから・・・

JUGEMテーマ:学問・学校


| Muramasa Kudo | 16:36 | comments(0) | - | pookmark |
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