又いずれの日に…
©MURAMASA KUDO
●Kudo Studio Japan:Webサイト
http://
ご無沙汰致しておりましたが、近況報告を申し上げます。
昨年11月にクロアチアにて椎間板挫傷になり、急遽12月に東欧から日本へ治療とリハビリのために来ました。
そして新しいチャレンジをする為に京都の嘉祥窯にお世話に成る事になり日々土との闘いに明け暮れております。
災い転じて福と為す…です。
This pottery studio standing in 4 acre at Shigaraki mountain Shiga pref., near Kyoto.This studio belong to Kasho-Gama Kyoto which famous for traditional tea ceremonial tea bowl and others yet always challenging new style. Especially 4th generation Master Kasho Morioka's skill are just imagine as genius and lucky to learn from him side by side.
京都の初夏…すでに30℃を超える蒸し暑さ…
ここ信楽(しがらき)は高原(軽井沢に似た)にあるため、
山の木々を通ってくる風、そしてせせらぎからの風が心地よく、
今は22℃の涼しさ。
オマケに冷たい湧き水を組み上げる井戸から直結の水を
細かい穴をあけたホースを工房の屋根の頂点に引きあげ、
屋根全体に散水するのでエアコンは要らない…快適この上ない。
京都嘉祥窯の信楽工房、紫香楽山荘にて土と向き合う事40日間、
四代目嘉祥先生の指導や徳永先生の助力を賜りながらの作業…
土の感触も含めて自然との触れあいを楽しむ…などと云う事とは
遠くかけ離れた所に置き去られているという感覚に悩む事しきり…
今までやって来た絵画とはまるで異質の世界…その美しさ…
その反面、土と火の自然性に関わる精神性の深さ、強さ、
それに伴う想像力の高さを達人の域にまで引き上げる技術…
外見はゴツくガッシリとした男達の肩から先の動き…縦横無尽!
その、しなやかな手や指先の動きは一切の無駄をはぶいた
流麗で確実な動作である。
おちょこの様な小さい物から直径が1mちかくの物まで、
同じロクロで回しながら制作する…
お蕎麦のどんぶり位の大きさであれば…
何と1分かかるか掛らないかのスピードで作り上げる…
信じがたい早さだ…
ロクロを使わず手捻りで作陶しても5分かそこらで
あっという間にお茶碗や鉢が作られる…驚異的だ!
こうして驚きと感激を横目に観ながら…私は頭をかきむしり悩む日々…
今までとは真逆の生活習慣…未知への入り口へ半歩入った位で
この有様だ…
焼き物の世界は芸術の最高峰に君臨するのもうなづける。
その品格と美しさ、力強さと柔らかさ…
全ての上で人と大自然の調和が出来なければ…なし得ない。
私は勉強する上で、本当に恵まれた環境に今こうして
いられる事に感謝だけでは済まない、それ以上の思いで
四代目嘉祥先生と共にチャレンジできる事は幸運そのものだ。
昨日はやっと少し面白いものが陶板に表現できた様に思う。
赤土の陶板は、厚さ3cm、縦横75cmx45cmの特大陶板!
悩み続けた末に…龍をモチーフにした…
技法は…というと道具を使わず…指先だけで押し彫り描く…
土の粘りや強さは思った以上…指先がめげてしまう程だった。
まだ焼く前だが…作業を終えて工房の明かりを消した中に…
窓からの薄明かりの中に浮かび上がった龍の表情…
赤土だが夕暮れの、たそがれた明かりの中でシッカリと
黒赤龍のごとく息づき始めたのを観る事が出来たのは…幸運と言えよう
赤土横長特大陶板に指先を走らせた…
©MURAMASA KUDO
©MURAMASA KUDO
©MURAMASA KUDO
●Kudo Studio Japan:Webサイト
http://
人間という不完全な自分をもし完全にしようとしたら…
何をしてどうすれば良いのか…自分を深く見つめてゆくと
わかってくる…。
何がわかるのかというと、価値観のちがいで初めて他人とは違う、
それが個人としてなり立つ自分のIDという事なのです
(自分自身を認知できる)。
皆が同じ価値観で完全になる事は不可能だという事、
そして違うという事を拒否してしまうと、いちばん大切で
不思議な独特の味…人間味というそれぞれ個人のゆたかな
個性さえも無視して曖昧にしてしまう事に気付くはずだ。
自分と違う相手の事を好きになり…愛する…
時間が経ち、自分と違うという事に怒りや嫌悪を抱く様になる…
では、自分と寸分違わない瓜二つの人間がそばにいたらどうだろう?
その人を認めたいと思いますか…? 受け入れて楽しく出来ますか?
多分、いま以上にもう一人の自分に対し嫌悪感で一杯になるでしょう。
違うという所に価値がある。
違う人が居るから自分の存在が明確になり、自己の存在を
確実にしてくれる。
全て違うという事において初めて存在という言葉が生きて来る。
天も神も、個という絶対的に違うものを創造し…
同じものを決して創らない理由がそこにある。
個々の違いという尊厳を根本として世界の命と魂の存在が
独立している。
価値観の共有は出来る…しかし価値観の強制的な追従は
決して幸せをもたらす事はない。
ちと難しく思うかもしれないけれど…
ゆっくりと読み返して頂けたらいい。
自分は違う、人とは違う…それが善いか悪いかと多くが考える。
わざわざ考えなくても全ての命は最初から独立して
違う命魂として生まれて来ている。
多くの悩みは自分の創造という思考の中から生まれ、
深く強く思い込みの度合いで信じこんだものが現実化される。
それは良し悪しに関係なく現実のものとなる…
良し悪しに関係なくだ。
だからこそ、普段から何を自分は考えているのか、
じゅうぶんに気をつけることが重大な鍵となっている事を
知ることだ。
それを忘れない様にする事、そして自分のいちばん輝いている姿、
一番好きな自分を想い、それこそが自分だと信じ切る事が
大切な事です。
翻弄(ほんろう)されない自分…
確固とした自分、愛することが出来る自分…
自分を許すことで相手も許すことができる…
世の中はすべて映し鏡…自分をうつし出していることに
気付くことだ。
自分の中にない知識や考え、感情などはわからないし
理解できない…
良い事、悪いこと、優しいこと、意地悪なこと、
好きなこと嫌いなこと… ぜんぶ自分の中にあるから…
だから他人が何をしているかが判断できるわけ。
みんなは素敵なチャレンジャーだよ。
ずっと未来をみつめながら挑戦して来たじゃないか…
いまは…大した事はないなどと思うかもしれないけれど…
想い出してご覧、ずっと昔、子供の頃にはとてもスゴいことだと
思ってた色々な事をその後に経験し、小さな頃の夢は実現されて
来たはず…同じ形とは違うかもしれないが、底辺にある願いには
沿っているはずです。
かならず大丈夫…どんなに辛くても苦しい事情があったとしても、
神様、お天とう様は、その人が解決できない問題はけっして
与えたりしない。
だから自分の信じた想いや考えを無理に否定する必要はない。
人は少しずつ大人になり、少しずつ時間の重さや大切さを
知るんだよ。
ずっと何も考えずにひたすら時間の過ぎゆくことと
自然の偉大で優しいエネルギーを感じながら…1日が終わり、
心地よく眠ることを楽しみにしながらすごしている…
みんな大丈夫、遅かれ早かれ必ずドアが開いて行くよ。
だから不安でも自分の命と魂、何か偉大な力
(サムシンググレイト)を信じて自分の目標や夢をしっかり
プランする時期だという事を分れば良いと思う…。
今いる地球上の動物は100年後には殆どいないだろう…
100年後に語られる人間でありたいと思う…
みんなが心身共に健康であることをいつも祈ります…
萬謝を込めて…
●Kudo Studio Japan:Webサイト
http://
⇒ 畠野豊徳 (11/11)
⇒ keiko ames (06/22)
⇒ 弘前 (09/25)
⇒ 月の女神 (06/22)
⇒ 花 (05/10)
⇒ ciel.w (02/05)
⇒ 足立浩一 (12/17)
⇒ 花 (10/25)
⇒ fujisawa (01/11)
⇒ 花 (12/28)